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光本勇介の経歴が凄かった!学生時代に月商300万稼ぐ?!

敏腕編集者の箕輪厚介さんや実業家の前澤友作さんが注目している実業家・光本勇介さん。

光本勇介さんは2017年にリリースした目の前のアイテムが一瞬でキャッシュに変わるアプリ「CASH」で注目を浴びた実業家です。

総資産100億円を越える実業家の光本勇介さんはどんな経歴があるのでしょうか?

調べてみると光本勇介さんの経歴がとにかく凄かったので、早速みていきましょう。

光本勇介の経歴が凄い

光本勇介さんは、2008年10月に最短2分でオンラインストアを作れるサービス「STORES.jp(ストアーズ・ドット・ジェーピー)」などを運営する株式会社ブラケットを創業した実業家です。

光本勇介さんが最も注目されたのは、2017年6月にリリースした目の前のアイテムを瞬時にキャッシュに変えるアプリ「CASH(キャッシュ)」です。

光本勇介さんはこれまでに、新しい会社を立ち上げては他の企業に売却し、頃合いをみて買い戻すといった方法を繰り返し資産を築いてきました。

光本勇介さんが今までに立ち上げた
サービスや商売はコチラです。

  • 1996年
    電子掲示板で洋服を売る
  • 1998年
    フリマサイト「eBay」でアーティストのポスターやフィギュアを落札し日本で販売
  • 2000年
    翻訳サービスを開始
  • 2002年
    留学斡旋サービスを開始
  • 2008年
    ブラケットを創業
  • 2009年
    カーシェアリングサービスを開始
  • 2010年
    靴のオンラインオーダーメイドサービスを開始
    モデルのマッチングサービスを開始
    オンラインオーダーメイドサービスを開始
  • 2012年
    最短2分でオンラインストアが作れるサービス
  • 2017年
    質屋アプリ「CASH」開始

他からの借り入れなどをしないスタイルなので、ほとんど利益として光本勇介さんに残ることになります。

そんな光本勇介さんの経歴が凄いと話題になっています。

光本勇介の経歴 高校時代

光本勇介さんは10歳から18歳までヨーロッパに住んでいました。

最初は光本勇介さんのお父さんの仕事の都合で4年間デンマークで暮らしていました。

その後両親は日本に帰ることになるのですが、光本勇介さんだけヨーロッパに残ることを決め、中学3年生のときに寮があるイギリスの高校に通うことにしたそうです。

光本勇介の経歴 大学時代

日本が大好きだった光本勇介さんは8年間ヨーロッパで暮らしていたものの大学は日本の大学と決めていたそうです。

アメリカンスクールに入ってたんですが、向こうの高校を卒業する時に、8年ヨーロッパに住んでたので、このタイミングで日本に帰らないと一生帰らないんじゃないかと思って。

青山学院大学で国際経済を学んでいた光本勇介さんですが、インターネットが元々趣味で好きだったので、大学生のときにはインターネットサービスを作っていたそうです。

大学時代に作ったサービスは、「翻訳のクラウドソーシング」。

電子掲示板に「翻訳の仕事あげます」と投稿し、応募してきた日本の翻訳者に仕事を渡すといったフリーランスの仲介役をサービスとして作ったそうです。

もちろん個人ですが、あたかも翻訳会社のように「翻訳承ります」みたいな内容でホームページを作り込んで。
1999年とか2000年ぐらいなので、企業がホームページを持ち始めるちょっと手前ぐらい。
数が少ないので僕がちょっとそういうページを作ると、めちゃくちゃ検索の上位に出てくるようになりました。

1案件300万円ほどで受注し、英語であれば多少自分で修正するといったことを行っていたそうです。

他にもベンチャー企業のインターンに参加したり、これから会社を立ち上げるといった人たちの手伝いをしたりと常に刺激を受けていた光本勇介さん。

学生としては十分すぎるほど稼ぐ経験を積んだので、ゲーム感覚で大学を卒業したら起業すると考えるようになったそうです。

光本勇介の経歴 社会人

光本勇介さんは大学卒業後、大手企業の「外資系広告代理店オグルヴィ・アンド・メイザージャパン」に入社しました。

学生時代に稼ぐ経験をし、事業をいくつか運営していた光本勇介さん。

翻訳事業では大企業との取引もあったそうですが、運営するのは大学生の自分一人という実情から、企業とどう接していいのか分からず、対等にやれなかったそうです。

そこで一度、大手企業に入社し大企業の事業や組織構造・基礎的なビジネスの作法を学ぼうと思い企業に就職しました。

「外資系広告代理店オグルヴィ・アンド・メイザージャパン」に入社したきっかけは、当時イギリスの広告業界で「広告の父」と呼ばれた人の本を読んで広告業界に興味を持っていたそうです。

新卒で入社してから光本勇介さんは、営業職を4~5年していたそうです。

新規・既存顧客両方ともやっていて、例えばノースウエスト航空とやAudi、Motorolaやevianといった企業のマーケティング支援が主な仕事です。

引用:mag.angl.jp

もっと早く辞めるつもりが長く会社員として勤めていたのが、起業してやりたいことがなかったということと、抱えていた案件が面白かったからだそうです。

光本勇介の経歴 2008年に起業

光本勇介さんは最初、自宅をオフィスにして一人で立ち上げたそうです。

資本金600万円で立ち上げたもののC2Cのサービスなので立ち上げるのに時間がかかって売上が立たず、両親から300万円借金をしたこともあると明かしていました。

ネタは何でもよくてサービス一つで新しい市場を作り出すポテンシャルがあるかどうかで選んでいるそうです。

カーシェアリングやオンラインオーダーメイド市場など今までになかった市場をどんどん展開しました。

とくに注目されたのが、「ModelTown」という日本のモデルとモデルを必要とする企業のマッチングサービスです。

今まではモデルにはプロの市場しかなくネット上でモデルを使いたいという場面で企業が手軽にモデル発注できる環境を作りました。

今までにないものを作りたい」という光本勇介さんの一貫したビジネススタイルがビジネス拡大に大いに役立っているようです。

高校時代に月商300万円稼ぐ

光本勇介さんのビジネスを始めたきっかけは、高校時代に月商300万円稼いだことです。

イギリスの高校に通っていた光本勇介さんは、夏休みが3ヵ月ほどあるので日本に来て海外で買えないものを買って過ごしていたそうです。

ただ高校時代はお金に限りがあったので、やりくりをしていたと語っていました。

光本勇介さんはインターネットに興味があったのでどうにかお金を増やす方法を考えた結果、BBSという電子掲示板でモノを売っている人を見つけて、自分も実践してみたそうです。

こんなんで売れるのかな?と不思議に思って、試しに自分の着た服を「使用済みですけど買う人いますか?」とメアドを載せて書き込んでみたんです。
当然画像なんて重くて扱えない中で、Tシャツの柄を文字で精一杯表現して(笑)
そしたら、地方の人に速攻で売れたんですよね。
それも新品で買った時の値段で。

その次の日から神奈川県にある実家から朝5時半に家を出て、5,000円で買ったTシャツを25,000円で売れるという経験を積んだそうです。

安く仕入れて高く売るというビジネスの根本を高校時代に経験した光本勇介さんは、日給10万円を手にするようになりました。

これを夏休み期間中の3ヵ月間ずっとやっていたそうなので、月商300万円を得たそうです。

光本勇介のプロフィール

  • 名前:光本勇介(みつもとゆうすけ)
  • 生年月日:1980年12月10日生まれ
  • 年齢:39歳(2020年2月現在)
  • 出身地:神奈川県中郡二宮町
  • 居住地:東京都港区南青山
  • 血液型:O型
  • 学歴:青山学院大学
    国際政治経済学部卒業

光本勇介さんは、幼少期の10歳から18歳の8年間をデンマークとイギリスで過ごしている帰国子女です。

両親の仕事関係で海外生活を送っていましたが、両親が帰国した後もイギリスの寮に入ってイギリスの学校に通っていたそうです。

幼少期に単身生活を送ることで、起業家としてのマインドが付いたのかもしれませんね!莫大な資産を持っていると思われる光本勇介さんですが、アートが趣味なので海外にアートを買い付けし自宅に飾るなどしているそうです。

アートが好きになったきっかけは、同じ実業家の前澤友作さんが影響しているようです。

前澤さんのご自宅に伺うとそこには日本に限らず世界でもトップ級の素晴らしい作品が数多く並ぶので、いつも感動されっぱなしで。
その体験を重ねるうちに自然とアートに対する目が肥えてきて「自分もアートを買ってみたい」や「こういう空間で暮らしてみたい」と憧れを持つようになりました。

引用:ILUCA Magazine

実業家としてもプライベートでも影響を受けているそうです。